霧島神宮と囲碁

霧島神宮は社伝によると6世紀頃に建てられましたが、噴火による焼失で何度も場所を変えて建て直されて来ました。

現在国宝となった本殿、幣殿、拝殿は正徳5年(1715)島津氏21代当主、薩摩藩第4代藩主である島津吉貴公が寄進して再建させました。

歴代島津家は囲碁好きが多かったようで、様々な逸話、記録がありますが、吉貴公は史実として宝永7年(1710年)、 6代将軍・徳川家宣に対して琉球慶賀使を聘礼させた際、薩摩藩江戸屋敷において慶賀使の随員である琉球の囲碁棋士屋良里之子と、後の五世名人となる本因坊道知や、四世名人本因坊道策の弟子で薩摩藩お抱えの斎藤道歴六段、西俣因悦五段と対局させるなどの逸話があり今回の国宝化記念で、霧島神宮の特別協力で囲碁名人戦が開催されることとなりました。 


また、霧島と言えば坂本龍馬の新婚旅行も有名ですが、龍馬夫妻は霧島神宮にも参拝し、塩浸温泉で逗留中に囲碁を楽しんだりしたそうです。鹿児島市内に移動したあとも小松帯刀邸で囲碁を楽しんだことも記録にあります。


前夜祭では、西郷隆盛の碁盤と思われる碁盤を展示致します。タイミング的にその碁盤で坂本龍馬で碁を楽しんだ可能性があるともされます。囲碁大会にも展示するかもしれません。


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